第5回 移民難民スタディーズ研究会 報告
「ケア労働」を担うのは誰か?
2020年11月27日(金)
報告
報告1「移住ケア労働者の受け入れから10年」小川玲子(千葉大学社会科学研究院)
第1にグローバル化するケア労働の現状として、東アジアにおけるリージョナルケアチェーンの構築と東アジアの福祉国家が移住ケア労働者に対してどのような政策を取っているのかという説明があった。東アジアの福祉国家は、家族主義的であり、開発主義的であるという特徴を持っているが、移住ケア労働者の受け入れについては異なるアプローチを取っている。小川氏はそれを移民とケアの交錯点(migration-care nexus)として日本、韓国、台湾、シンガポール、香港における移住労働者の市民権とケア労働市場における配置を説明した。
第2に、日本で初めて介護の現場で移民が就労することになった経済連携協定(EPA)の受け入れから10年を経た結果、移民ケア労働者は介護現場に何をもたらしたのかについての調査結果を報告した。これまでの調査から明らかになったのは、以下の点である。EPAによる移住ケア労働者(正式名称は外国人介護福祉士)の多くは看護教育を受けており、1年間の日本語研修を受けてから介護施設で就労するため、介護施設からも同僚の日本人からも評価が高い。そのため、①EPAは日本において移民がケア労働に従事する道を開いたと言える。EPAによる移民の受け入れが開始されるまでは「日本人の介護は日本人にしかできない」という意見も聞かれたが、本人たちの高い教育レベルと事前の日本語教育という準備があったことに加え、二国間協定であるため両国政府が責任を持って取り組み、法令遵守が行われたこと、さらに介護福祉士国家試験の合格が求められたことから、介護労働が標準化されたことがあげられる。②量的調査から介護施設にとっての受け入れの負担感が浮かび上がった。日本語教育や介護福祉士国家試験のための学習支援は施設にとって大きな負担となったが、支援しているにもかかわらず、合格前に帰国してしまうことがリスクとして認識されていた。③政府間のプロジェクトであっても労働問題が生じており、解決のための相談体制の整備が必要であることが明らかになった。現状では、斡旋を行っている政府傘下の機関が相談体制を担っているものの、斡旋と相談を同じ機関が担うことは中立的な立場による問題解決を難しくさせる。相談機関は第3者機関が担うことが望ましい。
第3に、介護分野における複数の在留資格が設立されたことによる規制緩和のリスクについて検討した。海外の研修施設においては日本語と日本文化が移民を規律化し管理するためのツールとなっており、ローテーション型の受け入れが継続すると二重労働市場化や階層化を招くことが指摘された。
全体討論では外国人介護士の離職の理由や送り出し国から見た日本と台湾のメリットとデメリット、また、移民労働者全体の問題と移民ケア労働者固有の問題、送り出し国の研修所における人権侵害の問題についての質問があげられた。
報告2「再生産労働領域における移住者への支配と暴力」佐々木綾子(千葉大学国際学術研究院)
第二報告では、人の国際移動と福祉社会を専門とする佐々木氏より、家庭内における家事、妊娠?出産、育児、介護および商業的な性労働を含む広義の「ケア労働」を担う移住女性たちに対する支配と暴力、搾取がどのように概念化され、政府および市民活動がどのようにその「問題」を語り、対応してきたのかに関する報告がなされた。
1980年代以降、「労働」に対して「再生産労働」という概念が提起され、家事労働者としての移動などに見られる女性単体での移動が増加し、「移民の女性化」が指摘されるようになった。また、再生産労働を担う女性たちの国際分業化といった現象とともに、再生産領域に埋め込まれた、再生産労働(力)や身体資源そのものが国際商品化され取引されるようになるという再生産領域のグローバル化が指摘されるようになった。こうした商取引におけるリクルートや国際移動の斡旋などのプロセスのなかで、犯罪組織とは本来無縁であったような移民ネットワークが利用されることもしばしば起こり、国際犯罪組織の利益となって更なる犯罪活動に資金が組み込まれていくこと等が問題視されるようになった。その結果、2000年には国際組織犯罪防止条約の附帯議定書として、「人身取引議定書」(パレルモ議定書)が採択されるに至った。
議定書によって「人身取引」が国際的に定義されると、これまで日本において「外国籍女性の強制売春と性的搾取」を問題化し、それへの対応を求めてきた市民活動も、外国籍女性に対する暴力全般への対応を求める方向、外国人労働者に対する搾取全般への対応を求める方向、日本国籍の女性を含め、女性の性的搾取への対応を求める方向に広がりをみせた。国際定義においては「移動」の有無は人身取引を構成する要素ではないものの、とりわけ移住女性たちの行為主体性は、移民ネットワークを埋め込んだ政府規制型市場媒介移住システム(小川?定松,2020:30)のなかで制約を受け、「人身取引」的な状況を回避し得る「移動の自由」が構造的に制限されていくことになる。なかでも、日本人の配偶者や家族帯同で来日した女性や子どもたちは、「家族」以外の居場所を法的に保障されず、「家族」から家庭内で強要された再生産労働から逃れるという選択肢を事実上持たない者もいる。
千葉県においては、(偽装を含む)国際結婚家庭での女性と子どもに対する支配と暴力、搾取への対応をしてきた母子生活支援施設が、議定書採択前から保護支援活動を継続している。現在、人身取引やDV被害といった概念化によって、「被害者」への対応は福祉事業である「婦人保護事業」としてなされているが、その範囲は「被害者」の申告に基づいた性的搾取および配偶者からの暴力に限定されており、在留資格によっては「被害者」となることは「帰国」を意味することになる。不可視化されやすい再生産労働領域における移住女性に焦点をあて、「婦人保護事業」とは別の枠組みにおける、在留資格に制限されない保護支援の在り方を検討する時期にきている、といった報告がなされた。
全体討論では、「ケア労働」を担う人々が支配され、暴力や搾取を受けるような状況に陥った場合にどのように行政とつながりをもって対応に当たることができるのか、といった質問が挙がった。行政に限らず、ステークホルダーをつなぐネットワークを構築していく必要性や、現行の縦割り行政サービスでは救いあげることのできない課題については、「移民」を含めた市民ネットワークがセーフティネットとしての機能を担うこともできる。また、斡旋から労働の現場に至るまで、労働とともに生活の場に至る範囲においても人権侵害が起きやすいポイントを特定していくことが、制度政策の改善提言にもつながるのではないかといった意見が挙げられた。